| (74)競技で脚光を浴びた〜石井一族のゴルフ |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2020/04/21)

数多い川奈出身のプロの中で、競技面で目立つ活躍をしたプロにスポットを当ててみた。長老プロは村上義一(相模原=故人)だが、その後輩は実に人材が豊富だ。中でも石井一族といわれる石井姓のプロの活躍は注目に値する。競技面のみならず、ゴルフ場の運営面でも経験や知識を生かしてゴルフの普及に貢献している。
川奈のプロで注目されるのは富戸の出身者だ。川奈港のすぐ南に位置する集落で、漁業に縁が深い。戦前のことだが、ここの若者たちの何人かは義務教育を終えると川奈のゴルフ場でキャディーとして働きに出ている。やがてプロゴルフへの道が開けて活躍の場を見出した。
石井姓のプロは治作(京都)を筆頭に茂(紫)、哲雄(広野)、廸夫(芦屋)、利営(芦屋)、朝夫(府中)、弘(相模原)らがいる。その中でも競技面で目立つのは石井茂、石井朝夫だろう。茂は1936(昭和11)年に川奈のキャディーに。その後、広野に移ったが、不幸にも交通事故に遭遇して一時的ながらゴルフから離れていた。だが、戦後、熱海GCで復帰し、1952(昭和27)年には、川奈に戻っている。1942(昭和17)年、関西プロのメダリスト。この頃から故障も癒え、力を発揮するようになった。1954(昭和29)年には待望の日本プロを制してトップクラスのプロに躍り出た。1歳年下の朝夫は1942(昭和17)年、川奈入りがプロの出発点。戦後、他クラブに移籍して競技に出ていたが、なかなか勝てず、“万年2位の石井”ともいわれた。しかし1963(昭和38)年代には関東オープンやアジアサーキットに勝って一流の折り紙をつけられた。若い世代には内田繁がいる。中部オープンの勝者で、ニックネームはシー坊。川奈から転出組の一人だが礼儀正しいプロだった。
《写真・昭和29年、日本プロゴルフ選手権を制した石井茂(手前はやぶれた孫士均=小野光一、広野GCで)》
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