| (27)米軍のゴルフ場接収〜接収は紳士的にゴルフ王国の勝者らしく |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2018/12/14)

日本のゴルフ場は戦時中、食料増産のために芋畑になったが、戦後日本に駐留した米軍によって接収されたゴルフ場が多かった。北は北海道から南は九州まで。しかし戦時中は日本の陸海軍が昭和20年1月ごろからゴルフ場のクラブハウスに駐屯した。空襲で兵舎を焼かれ、一時的な間借りだった。いまに残る昭和20年1月の東京ゴルフ倶楽部日誌によれば、ここは海軍航空隊によってゴルフ場全部が借入れられ、軍需物資分散のためで、大きな建造物である倶楽部ハウスが絶好の貯蔵倉庫として使われた。
日本国内は連日、Bー29の焼夷弾攻撃で焼け野原になった。しかし、8月15日の終戦を迎え、恐れおののいた空襲の恐怖から解放された。
真夏の暑い日から解放された秋に入ると日本に駐留した米軍のゴルフ場接収が始まった。東京GCに残された業務日誌にはこんな記述がある。
『昭和20年10月13日 米軍第97部隊来場、宿営のため本館借り上げられる 尚宿営人数は200名の予定』
『次にゴルフクラブ約50セット、食器数炊事用用具借り上げられる』
『ただし、コースは一般会員使用随意なり』
こうした記述から想像できるのは、米軍用としてゴルフコースは兵士のためのリクリエーション施設として使うのが大きな目的だったようだ。接収といっても乗り込んできて、腕ずくで占拠するのではなく、使用目的を明確に伝え、使用料を払うといった極めて紳士的な一面があった。ゴルフの国のプライドだったのだろうか。
《写真・米軍に接収された東京ゴルフ倶楽部の駐車場風景》
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