| (58)カナダカップで評判になった〜日本の女性キャディー |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2019/09/30)

1957(昭和32)年のカナダカップで大きな話題になったのは女性のキャディーの働きと高麗芝のグリーンだった。以前、ゴルフの神様サム・スニードを担当した若い女性キャディーが献身的な働きで彼を支えたが、神様は痛く感動したらしく、その後の来日の際、彼女にゴルフセットを贈った。日本では元来、ゴルフ場のキャディーといえば少年のアルバイトだった。
ところが戦時中、若者は兵役に服したため人手不足に陥り、少女キャディーの登場となった。戦後、ゴルフが普及してその習慣は続き、キャディーは女性の副業となり、川奈の女性キャディーの存在はゴルフ界の名物だった。
日本では若い女性キャディーにはプロの道も開けている。女子プロの草創期にはキャディー経験者が多かったが、いまは高校や大学のゴルフ部でゴルフを経験したプロが多く、キャディー出身者は少ないようだ。
日本の女性キャディーが有名になったのはカナダカップにおける金子くらさん(霞ケ関CC)のような献身的な働きにあるが、東京・八王子にある武蔵野ゴルフクラブのキャディーの諸嬢は米西海岸で行われていた喜劇役者のボブ・ホープが主催する競技の余興として5人のキャディーが招かれ、競技の余興としてバッグを肩に担いでコースを歩いたことがあり、こちらも有名になった。アイルランドのプロC・オコンナーはカナダカップで出会った女性キャディーの存在が印象に残っているらしく、日本の女性キャディーの存在を吹聴していた。日本の女性の優しさ、たくましさを物語る一例だろうか。
《写真・武蔵野GCキャディの海外遠征》
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