| (62)カップを持たない日本オープンのチャンピオン |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2019/11/28)

1952(昭和27)年といえば、日本のゴルフがようやく復興の兆しが見え、戦時中に解散していた日本ゴルフ協会が復活して、競技会を開催する力が付いた時分だ。戦時中、畑になっていたゴルフ場のほとんどは日本に進駐した米軍に接収され、会員といえども容易にプレーはできなかった。川奈のゴルフ場は連合国軍の保養所になっていたためコースはプレーできる状態に保たれていたようだ。
そこで復興した日本ゴルフ協会は日本オープン選手権の会場に川奈を選んだ。
優勝者に授与するカップも新調し、戦後3度目の大会を富士コースで10月8日〜10日に開催した。中村寅吉とホームコースの石井茂が健闘して優勝争いを演じたが、中村が通算279打で終盤独走した。中村にとっては初の優勝だった。
さて、競技が終わり表彰式になったが、秋の日暮れは早い。困ったのはカメラマンたちであった。カップを持った中村の写真が欲しい。今の時代と違ってフラッシュの装備は完全ではないから、暗くなると写真は撮れない。そこで報道陣と協会側の交渉が始まった。報道陣は明るいうちに優勝カップを持った中村の写真を撮りたい、と要求した。困ったのは協会側で、カップを授与する前だから、それは困ると拒否した。そこで協会側の賢者がこんな提案をした。カップ授与前だから優勝者の横にカップを置いて撮影すれば、というのである。そこで川奈ゴルフのクラブハウス横で撮影したのがカップを持たない優勝者の写真である。いまはフラッシュが装備されているから、初心者でもきれいな写真が撮れる。科学の進歩は恐ろしいものだ。
《写真・カップを持たない優勝者の中村寅吉》
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