| (12)女流ゴルファーの草分け帰国後ゴルフ場の近くに居を構える熱中ぶり |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2018/09/02)

日本にゴルフが伝わって来て100年を越える歳月が流れた。いまや欧米を凌ぐほどの発展を遂げている。しかし、一時期の熱狂ぶりは影をひそめ、若い世代のゴルフ人口は減少状態にあるようだが、今日の日本のゴルフ界では、熟年の女性ゴルファーたちが一番元気がいい。
日本における女性ゴルファーの先駆けは三井栄子(1895〜1977)である。同夫人は岸和田旧藩主ゆかりの方で、三井弁蔵(三井物産元役員)と結婚後、ニューヨークに滞在した。その間、夫人は女子学習院時代から親しんだテニスに熱中したが、親戚に当たる新井領一郎から『テニスは歳をとると難儀になるから・・・』とゴルフを勧められて転向し、ゴルフを生涯の友とした。大正の末期に夫妻は帰国したが、その時代には今日のようにゴルフ場はなく、数年前に創設された東京ゴルフ倶楽部に入会した。住居もゴルフ場の近くということで、現在の東京・世田谷区深沢に居を構えて滞米時代に覚えたゴルフに汗を流した。

三井夫人は旧子爵の家庭に育ち、絶世の美人との誉れが高く、筆もたつし、歌も詠む。すべてを兼ね備えた才女といわれ、日本を代表する女流ゴルファーの至宝、象徴ともいうにふさわしい人物だった。
この時代のゴルフは男性だけのもので、女性には縁遠かった。だが三井夫人は戦前、戦後を通じて日本の女子ゴルフの牽引役を担い、普及には並々ならぬ情熱を傾けた。
競技者としては1926(大正15)年から1937(昭和12)年に至る12年間、関東・関西の婦人対抗戦で大活躍した。いまの熟年世代の女子ゴルファーには三井流の血が流れているのだろうか。
《写真・初期の婦人東西対抗の集合写真(右)と三井夫人のショット(左)》
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