| (56)カナダカップに日本が優勝〜ゴルフの普及に拍車 |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2019/09/05)

1957(昭和32)年頃、脚光を浴びたスポーツは東京六大学野球、プロ野球は日本シリーズでの水原(巨人)、鶴岡(南海)の対決などだが、ゴルフはカナダカップの日本開催が決まり、巷ではゴルフを話題にする機会が増えた。日本勢は果たしてどの程度戦えるか、に集中した。なにせゴルフ王国のアメリカから名手サム・スニードら世界的に知れた名手がやって来るというのだから例え地元とはいえ歯が立つまいというのが世間の下馬評だった。
この年の10月24日、霞ケ関CC東コースに30ヵ国60人が参加して4日間、72ホールのストロークプレーが開幕した。日本代表は中村寅吉、小野光一。第1日はアメリカが通算136打でリードしたが、ところが日本勢は2日目首位に立ち、一度も首位を譲ることなく合計557打で次位アメリカに9打の差をつけて優勝した。中村は個人戦でも通算274というスコア(14アンダーパー)でこの回から実施された個人戦にも勝った。

このカナダカップは日本のゴルフ史上初めて行われた国際競技で、日本の若い女性キャディーの献身的な働きが国際的な話題になった。
名手スニードを担当したのは金子くらさん(旧姓川目)。霞ケ関CCのハウスキャディーだが、スニードは当初女性キャディーを拒否した。しかし彼女が自分の体ほど大きいバッグを軽々と担ぐのをみて安心したらしく『ナンシー』とニックメームで呼び彼女に全幅の信頼を寄せ、最後は『キャディバッグに入れてアメリカに連れて帰りたい』といわせたほどの逸話が残る。
《写真上・カナダカップの第一日、中村寅吉の第1打》
《写真下・カナダカップ優勝の中村寅吉左/小野光一右》
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