| (72)バーテンダーからプロゴルファーへ〜関東プロ協会長を務めた森田吉平 |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2020/04/01)

関東プロゴルフ協会の会長(1987年から1992年)を務めた森田吉平は、川奈ホテルの従業員(バーテンダー)からプロゴルファーに転身した軽歴の持ち主だ。川奈には他にも同様にホテルの従業員からプロゴルフに転向組はいる。森田は若い頃、コースが一望できるバーでシェーカーを振っていた。19番ホールというそうだが、今も多くのゴルファーが立ち寄る。
プロの道を選んだ森田は、伊東から南〇〇キロ離れた伊豆大島のゴルフ場に勤務していた。大島ゴルフ場(小涌園)のキャディーは、あんこ姿でバッグを担いでくれるのが有名だった。
昭和30年代半ばのことだが、大島を訪れる機会に恵まれた。東京の竹芝桟橋から客船に乗り、一昼夜かけて岡田港に上陸し、大島のコースでプレーした。同行したのはプロ野球の監督をした別当薫さん、野球評論家として活躍した大島信雄さんだった。
客船は竹芝桟橋を出港すると東京湾の沖合に停泊し、翌朝早く入港するのんびりした船旅だった。いまはジェット高速船で1時間余り。時代は変わった。
さて、その時分、森田は専属プロとして、もっぱら自分の腕を磨いた。その時代、関東プロ協会主催の月例競技にはその都度、大島から足を運んでいたが、謹厳な真面目プロという印象が残る。
その後、山梨県にある富士ロイヤルというゴルフ場に移り、キャディーの育成や、コース管理、若いプロ育成に手腕を発揮したが、経営の面で厳しい環境の変化に苦悩した。
その後、山梨時代の熟練した手腕が買われて関東プロゴルフ協会の会長につき、先輩プロとは一味違う森田時代を築いた。森田の精神が今日の日本プロゴルフ協会に繋がっているようだ。
《写真・森田プロ》
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