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(46)内紛解決から〜日本女子プロゴルフ協会の船出〜 番組名:伊豆伊東のゴルフ物語

更新日(2019/05/25)

  日本の女子プロ誕生までの前段階には様々なトラブルがあったが、ゴルフ界では女子プロが必要と認知されて彼女たちの存在が日の目を見た。男子プロの組織である関東プロゴルフ協会が女子部を設置し、晴れて女子プロと名乗れることが大きかった。トラブルによって二分化されていた組織は昭和43年には一本化され、日本女子プロゴルフ協会として発足する日を迎えた。発表は帝国ホテルで行われ、二派の仲介に立ったのは当時の富士資材蝓∈篥沈菊算瓩世辰拭女子プロゴルフ協会の会長には以前から関わり合いの深かった中村寅吉が選ばれた。

  会員は総勢43人で、昭和49年には現在の女子プロ協会として自主運営に入ったのだ。いまは小林浩美会長以下総勢約1170人、競技数は39。賞金総額は38億円、順風満帆な活動を続けている。

  だが、草創期の一時期、分裂騒ぎで世間を騒がせる一幕があったのは陰の部分の出来事だ。知る人ぞ知る歴史の一ページだ。

  女子プロの誕生に力となった松島杲三は10年前、94歳で生涯の幕を閉じた。 女子プロ協会の立ち上げに夢と希望をもってこの社会に飛び込んだ卵たちの中には他界したプロもいる。年齢的なハンディを背負って退会したプロもいる。

  昭和43年の11月、東京放送関連会社の越谷のゴルフ場にスポットを当てようと企画されたのがTBS女子オープンゴルフ(日本ゴルフ協会JGA協賛)だった。当時、日本の女子ゴルフ界は奥様ゴルファーの全盛時代で、女子プロといっても軽く見られたが、中村寅吉の秘蔵っ子の樋口久子(当時美津濃)が142打で優勝してプロの面目を保った。

《写真・TBS女子オープンゴルフの会場》