| (13)アマ・プロゴルファーによる東西対抗(アマチュア) |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2018/09/03)

かつて日本の男子ゴルフ界にはアマ、プロ、学生による東西対抗という競技があった。静岡を中心点として東西を二分した地域の対抗戦で、その結果は毎年、日本のゴルフ界に新鮮な話題を提供していた。特筆すべきは、東西いずれかの代表に選ばれることは、ゴルファーとしては最高に栄誉なことで、一流の証ともいわれた。
アマチュア男子の対抗戦は1927(昭和2)年の創始でJGAの根幹競技だった。英米のアマチュアによる対抗戦ウォーカーカップを範として誕生し、勝利チームには三宮殿下(朝香、東久邇、李王垠殿下)下賜の金色に輝くトロフィーが与えられていた。
競技は午前ダブルス戦の18ホールマッチプレー。午後はシングルスの18ホールマッチプレーで争われ、勝者には1ポイント。引き分けは0・5ポイントが与えられた。敗者は0。ポイントの合計で雌雄を決していた。

第1回の東西対抗は1927(昭和2)年、大阪の茨木CCで行われ、JGA創立の中心人物だった大谷光明をキャプテンとする東軍が11対4の得点で圧勝している。
東軍は大谷光明を中心に赤星四郎、六郎の兄弟、川崎肇、西洋芝を開発した相馬孟胤、野村駿吉らが主力メンバーだった。西軍は高畑誠一、室谷籐七に在日外国人ゴルファ―でチームを固めていたが、日本のゴルフ界の新しい力として躍進しつつあった東軍に一蹴された。
この男子アマチュアによる東西対抗マッチは1970(昭和45)年まで続いたが、その翌年に中止になった。自薦、他薦のメンバー選考を巡ってもめ事になり、主催者のJGAはゴルフの精神に反すると中止に踏み切った。その間の成績は関東の20勝12敗3引き分け。東西の地域交流と技術の研鑽に狙いがあったはずだが・・・。
《写真・最初と最後の東西対抗戦》
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