| (70)強打者、杉本英世のプロデビュー〜師匠の教えを守り通した運動靴のプレー |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2020/03/12)

川奈から出たプロゴルファーの中で、異色の大物といえば杉本英世を挙げたい。家業は漁師だった。幼少期から海に馴染んでいたが、高校時代、川奈のゴルフ場でキャディーのアルバイトをやったのがゴルフ界とのご縁の始まりだった。
体力的にも恵まれ、伊東の高校時代にはスポーツ万能で走ってよし、柔道は黒帯というスポーツ少年だった。
高校を卒業して川奈ホテルに就職し、ホテルマンを目指す一方ゴルフのプロも視野に入れて修業した。
高校時代の杉本にこんなエピソードがある。手掛けたソフトボールで100メートル近くぶっ飛ばすパワーの持ち主で、このパワーに着目したのはプロ野球、毎日オリオンズの監督をしていた別当薫さんで、打者としてスカウトに乗り出そうとしたことがある。当時、別当さんは『あの体力だけでも魅力がある。守備は兎も角、代打者で使えそうだ』と語ってくれたことがある。
しかし、杉本はゴルフに魅力を感じていたらしく、石井茂の教えを乞うようになり、ゴルフのプロを目指した。
関東のプロ組織(関東プロゴルフ協会)は、プロを目指す研修生を対象に、現役プロの月例競技と並行して競技会を開いていた。
そこに登場した杉本は、なんとスパイクならぬ運動靴を履いて登場していた。尋ねると杉本は『先生(石井茂)から、プロになるまでラウンドはズックを履いてやれ』といわれたそうだ。師匠の石井に尋ねてみたら『芝の上では、ズックは滑るでしょう。滑らないためには足で踏ん張るしかない。これが足腰の鍛錬になるのです』 杉本は師匠の教えを守り、プロ合格まで運動靴でのプレーを続けた。
《写真は1964年の日本オープンを制した時の杉本、東京GCで》
|