| (60)ゴルフの神さまがやって来た |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2019/10/26)

1957(昭和32)年10月のカナダカップ開催を前に、日本のゴルフ界は名手サム・スニードやゲーリー・プレーヤーがどんなプレーをするのか、が話題の中心だった。さらにこの大会がいかに世界的に注目されていたか。それを物語るのは大会取材のためにアメリカからやって来た著名なジャーナリストたちだ。AP通信社運動部長のウイル・グリムムスリーがやってきた。
H・W・ウィンドというベン・ホーガンの『モダン・ゴルフ』の著者らの取材来日で、世界的なイベントというムードが高まった。海外からのプロたち60人は東京・帝国ホテルに宿泊し、大会三日前の練習日からバスでゴルフ場入りした。
受け入れる側の霞ケ関CCは中村支配人以下、倶楽部の職員は総動員で、経験豊富なキャディーを他倶楽部からの応援派遣を仰いだ。
大会前、報道陣は『明日開幕』の取材に追われ、矛先はスニードや地元の中村寅吉に向いた。ところがお目当ての二人は捕まらない。それもそのはず。スニードはお隣のゴルフ場、東京ゴルフ倶楽部にパートナーのジミー・ディマレーと同倶楽部の会員、中野敏雄さんに招かれて会員との交流の会に出向いていた。
練習場でデモンストレーションをやり記念撮影に応じた。
東京ゴルフ倶楽部の居合わせた会員は予期せぬ大物の訪問に大喜びだった。
一方の中村寅吉はコースには姿を見せず、関係者は練習もしないで・・・とやきもき。薄暗くなってから倶楽部に姿を見せたが、好きな釣りで気分の一新を図っていたそうだ。事故もなく一同『やれやれ』だったが、この釣りは中村にとっては休養と気分一新の効果があったらしい。地元という重圧を跳ね返し、カナダカップ本番第1日は4アンダーパーの68で回り2位の座を確保して優勝への足掛かりを掴んだが、大会前にこんな一幕があった。
《写真・東京ゴルフ倶楽部を訪れたサム・スニード(左) 背後は旧東京ゴルフ倶楽部のクラブハウス》
|