| (64)大倉男への感謝会〜日本ゴルファース倶楽部主催で盛大に |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2019/12/28)

関東のゴルフを統括する競技団体に、関東ゴルフ連盟という組織がある。その前身は1933(昭和8)年創立の日本ゴルファース倶楽部である。関東地区に誕生した8ゴルフ倶楽部を中心とした親睦団体で、本部を東京・丸の内の東京会館内に置いていた。
戦前に創設された関東の8倶楽部とは東京、霞ケ関、我孫子、相模、武蔵野(戦時中に消滅)、程ヶ谷、藤沢(戦時中に消滅)、鷹之台の各倶楽部で、その会員たちが三々五々集まっては赤星兄弟を囲んで技術研修会を開いたりして会員同士の交流などゴルフの普及に熱心だった。
1934(昭和9)年の秋のこと。日本ゴルファース倶楽部の主催で『大倉男の感謝する夕べ』が東京会館で開かれた。この夕べには日本ゴルファース倶楽部の主だった会員百余人が出席して大倉男のゴルフに対する普及の情熱(ゴルフのメッカとなった川奈ゴルフ場の展開)に感謝の意を表した。
出席したのは日本のゴルフ界を代表して大谷光明(東京)、森村市左衛門(日本ゴルフ協会)、三輪善太郎(程ヶ谷)、藤田欣哉(霞ケ関などの各氏で『大倉男の私財を投げ売るかのごとくゴルフ普及のためにゴルフ場造りに情熱を傾ける熱意にひたすら感謝以外にない』と大倉男の情熱に感謝の言葉を寄せた。
これに対して大倉男は『ゴルフ場造りは道楽ではない。東京近郊のゴルフ場では冬季間のゴルフは難しいでしょう。伊豆は暖かく、設計者のアリソンは、川奈は非常に景色もよく、外国にもめずらしい景色の良さがある、とほめている。地方の発展を考慮し、私は試験管に入った積りで取り組んでいる』と語った。大倉男の頭の中にはゴルフ場を成功させる以外に地方都市の発展という計算があったことを参加者たちは知ったようだ。
大倉男:大倉喜七郎男爵
《写真・東京会館での感謝会、中央は挨拶する大倉氏》
|