| (1)東京と奥座敷(伊東)を結ぶ東海道線と伊東線 |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2018/07/29)

伊豆・伊東の町が温泉で有名になった歴史は古く、明治時代以前のようだ。温泉が湧いたのはもっと古い時代らしい。明治時代に入って数軒の旅館ができ、やがて漁業と温泉の町として知られるようになり政界、財界のお歴々がここを訪ねるようになった。
このように温泉の町として知られるようになったきっかけについて『伊東温泉協同組合誌』の中で、同組合相談役だった村上延雄氏は、こう述べている。 『道路1本、橋一つでこんなに町の様相が変わるものか』
その代表的な実例として旧国鉄伊東線の開通に触れている。いまの伊東温泉の繁栄のきっかけは、熱海〜伊東を結ぶ16.9キロの伊東線の開通に寄るところ大と強調している。
なるほどJRは東京駅から頻繁に直通電車を運行しているので、座席さえ確保できればのんびりとリラックスして車窓から飛び込んでくる東海道沿線の景色の美しさを楽しめ、2時間余りで到着するから“伊東が東京の奥座敷”という近親感を抱かれるのは当然だろう。

東海道沿線の各駅から流れてくる発車ベルは、それ急げ!といった、けたたましいベルに代わって耳障りのいいオルゴールの音色になっている。 JR伊東駅の発車合図は『ミカンの花咲く丘』(海沼實作曲)のように郷愁をさそう童謡が流れる。小田原は『お猿のかごや』(同)だ。オルゴールの発車合図で印象に残るのは営団地下鉄の銀座駅だ。曲は『銀座カンカン娘』(高峰秀子)である。これも旅の楽しみ。
『東海道線が御殿場回りの時代は、国府津から伊東までは船便だった』(北岡貴人氏)そうで、まさに隔世の感がする。
《写真・伊東港の風景(上)と明治時代の暖香園のある日、ある時の景色(下)〜ちょんまげ姿が面白い=伊東温泉協同組合誌から》
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