| (28)日本のゴルフ場接収後〜米軍家族が教えたファミリーゴルフ |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2018/12/22)

日本に本格的なゴルフが根を下ろして30年を経過した頃から、女性ゴルファーの出現が目立つようになった。それまでのゴルフは男性の遊びだった。日本的な風習で、女性は家庭に引きこもり、スポーツで戸外に出るのは好まれなかった。戦前の日本のゴルフ界では、ゴルフを手掛けるご婦人は極めて少なく、女性のための競技はあったが、限られた階層の方々のみで、例えばプロゴルファーの奥方でさえ、容易にゴルフ場に顔を出すことはなかったようだ。プロの元祖、安田幸吉さんの夫人は『結婚して40年、50年経ちますけど、ゴルフ場に出向いたのは僅かに一度だけです』と話したことがあった。
しかし、米軍が日本のゴルフ場を接収して以来、彼らは家族ぐるみでゴルフ場に足を運び、将兵のご婦人方もコースへ出た。
彼らの主張はファミリーゴルフ。老いも若きもコースに出て太陽を浴びながらボールを追う。これまでの日本にはない習慣を持ち込んだ。
日本の女子ゴルフ選手権の創始は昭和34年だが、きっかけは数年前の日米の婦人親善マッチだった。会場は神奈川県の相模CC。戦後、火災に見舞われたため米軍の接収を免れた。と同時に芝の肥料に人糞を施した。さすがの米軍も接収を敬遠した。このためにホームコースを接収され、自由に使えない他倶楽部の会員たちが相模を利用した。そこで日米の婦人ゴルファーによる親善マッチが行われた。だが遊び感覚旺盛な米軍婦人と対抗意識を真面目に考えていた日本婦人とでは、勝負にならなかった。日本側の勝利の陰に、婦人方もクラブを振ろう、という空気が流れた。
《写真・米軍の家族ぐるみのゴルフの一コマ》
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