| (37)関西勢に対抗する〜関東プロゴルフ協会の立ち上げ |
番組名:伊豆伊東のゴルフ物語 |
更新日(2019/02/24)

日本全国のプロゴルファーを統括する競技団体の日本プロゴルフ協会(男子)は昭和34年の創立だが、それ以前には全国的に統括する組織はなく、関東、関西の両地区別に分かれていた。全国的な組織になったのは、アマチュアの大御所、野村駿吉のアドバイスによるが、野村は日本ゴルフ協会の副会長を務めたゴルフ界の大物で、ゴルフの普及、発展に貢献した人物だ。1927(昭和2)年の日本アマのチャンピオンでもある。
神戸高商(神戸大)を卒業後、三井物産、三菱商事に勤務して石油関係の業務に携わった。カルテックスの取締役などを務めた関係で世界のゴルフ界の顔役だった。その野村は早くからプロゴルフ協会の独立を唱えていた。『アマチュアの団体が関与するより、プロはプロ自体で協会を運営すべき。その方がスポンサーも付きやすい』と今日の隆盛を予測するような意見を持っていた。

その下地である関東プロゴルフ協会は1932(昭和6)年に結成された。こちらは石井光次郎の提唱で、これに赤星四郎が協力した。狙いは関西勢に押され気味の関東のプロたちの奮起を促すことで、関東のプロゴルフ選手権を創始して、技術の錬磨や意識の向上を図るところに狙いを置いた。
日本オープンのタイトルは1928(昭和3)年から連続して関西勢の宮本留吉にさらわれていたからで、打倒関西勢が創設の目標だった。
《写真・在りし日の野村駿吉(上)と石井光次郎(下)》
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