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(終)大倉喜七郎 音楽の泉 番組名:取材メモ・写真に見る日本のゴルフ史

更新日(2022/05/30)

  大倉財閥総帥の初代、大倉喜八郎(1837〜1928)は、89歳の高齢にも関わらず、ビジネスのためなら、遠く満州、蒙古や中国へ旅に出かけるのはいとわなかったそうだ。そればかりではなく、気骨の人ともいわれた。これに対して、二代目の喜七郎(1882〜1963)は鼻メガネをかけた英国型の温厚な紳士だったそうで、先代より繊細な神経の持ち主だったともいわれた。さらに豊富な趣味の持ち主でもあった。その中でも音楽に関するものは格別だったらしい。

  知人が語ってくれた話だが、昭和初期のある夜のこと、川奈ホテルの一室から宵闇に乗って音楽が流れてきた。そこで足を運んでみたら喜七郎が自ら発明した《オークラウロ》という管楽器を奏でていた。オークラウロは尺八を洋風化したような楽器で、喜七郎がこれを吹き、巖本真理がバイオリンを弾き、チェロとピアノとで四重奏を楽しんでいたそうだ。

  当時、喜七郎は大和楽という新しい分野の邦楽を創造していた、邦楽に洋楽の合奏法を取り入れようとした試みの一環だったらしい。音楽に造詣の深い喜七郎ならではの試みだったに違いない。

  このように音楽に造詣の深かったこともあるが、クラッシック音楽界の強力な支援者でもあった。これは音楽界でも有名な話で、前シリーズの52話で「オペラの藤原義江が楽団ゴルフトーナメントに参加したが、後半崩れて賞品にありつけなかった。気の毒に思った喜七郎は音楽、ゴルフ関係者を大勢招いて『ベターハーフの会』を開催した」のは紹介した通りで、いまに残る喜七郎の音楽に関するエピソードだ。

◇ご高覧賜り有難うございました。

《写真・ゴルフを楽しむ近衛文麿元総理(中央)、その右が大倉喜七郎、左端は作家の伊藤正徳。川奈ホテルゴルフコースで》