| (9)倶楽部ハウスに使われた鉄道車両 |
番組名:取材メモ・写真に見る日本のゴルフ史 |
更新日(2020/12/12)

夏涼しい北海道はゴルファー天国といわれて久しいが、いまこの地にはおよそ200のゴルフコースがあり、夏場になると大勢のゴルファーが押しかけるようだ。今年は新型コロナウィルスのせいで、例年ほどではないといわれているが、北海道特有の涼しい気候や西洋芝に覆われたコースに対する人気は抜群だ。
北海道にゴルフ場が創設されたのは昭和の時代に入ってからだ。三菱のビジネスマンだった佐藤棟造が北海道に転勤した大正時代の初めは、この地にはゴルフ場はなく、春の雪解けを待って札幌の円山公園でボールを打った。やがて銭函の海岸に3ホールのコースを造り、仲間を誘って『ゴルフとは…』と普及に懸命だった。
やがて小樽ゴルフ倶楽部の創設にこぎつけ、北海道のゴルフは夜明けを迎えた。その頃、函館競馬場内にも赤星四郎が関係していたコースがあった。
1932(昭和7)年、月寒(つきさむ)に札幌ゴルフ倶楽部が誕生した。ところが倶楽部ハウスを建てるほどの資金がなく、会員たちは知恵を絞って、北海道開拓時代に走っていた廃車になった客車を譲ってもらい、倶楽部ハウス代わりに使った。同倶楽部プロとして昭和30年代に活躍した佐藤敏夫は『会員の皆さんは、駅弁を食べながらまるで旅行気分を楽しんでおられ、キャディをやった我々も会員と一緒に駅弁を頬張ったものです』と話していた。だが、このゴルフ場は太平洋戦争中に消えた。
《写真・客車を前に会員たちの記念撮影》
|