| (42)ゴルフ東西対抗に三宮殿下杯 |
番組名:取材メモ・写真に見る日本のゴルフ史 |
更新日(2021/09/24)

日本のスポーツがまだ発展途上にあった時代、各種スポーツ大会には「東西対抗」という地域の対抗戦がつきものだった。対抗戦は日本列島のほぼ中心部に当たる静岡を中心点にして、列島を東と西に分けて両地域の代表が自分の地域の名誉にかけて戦った。その主な目的は東西の交流、融和、技術情報の交換などだった。
ゴルフにはプロ、アマチュアにそれぞれ「東西対抗」があった。とりわけアマチュアでは、勝利チームに三宮殿下下賜のトロフィーが贈られた。三宮家とは東久邇宮、朝香宮、李の各宮家のことで、それぞれの宮様はゴルフがお好きだったことから、ゴルフの振興を促すことを狙って、カップのご下賜を仰いだ。
近年はいずれのスポーツとも、「東西対抗」などほとんど話題にならない。交通機関の発達により、関東と関西間の距離が近くなり、数時間もあれば目的地にたどり着ける。だが、その昔は夜行列車を利用して一泊という長旅だった。東西間の旅の時間が縮まったことが東西対抗戦を遠ざけた原因だろうか。最近、将棋に東西対抗が登場することになり、話題になっている。
プロ野球の「東西対抗」は、戦後ほどなくして開かれた。東軍は巨人軍、西軍は阪神が中心になり、東軍は背中に『E』 西軍は『W』 のマークを付けて戦った。
ゴルフの「東西対抗」は1927(昭和2)年から1970(昭和45)年まで行われていたが、代表人選のトラブルからこの年をもって廃止された。その間、関東の20勝12敗3引き分け。アマチュアの英米対抗のウォーカーカップを範として創設されたゲームだった。
《写真・東西対抗に下賜された三宮殿下杯》
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