Golferweb
■■ ゴルフ情報総合サイト ■■
ゴルフを楽しむコンテンツが満載!
 アプリ/コンペはリビングで参戦!
 
 


このコラムの他の記事
(終)大倉喜七郎 音楽の泉
(69)井上準之助のゴルフ
(68)小寺酉二の英語力と正しい報道
(67)鬼をもしのぐマーカット少将
(66)女性初のシングルハンディ誕生~横河初子(東京ゴルフ倶楽部家族会員)が9
(65)日本のアマチュア初の海外遠征
(64)ゴミは『はたき』で『はたく』べし
(63)ゴルフの元祖コルベン
(62)日本アマ、オープンの優勝カップ物語
(61)キャディー廃止に関する通達
(60)昭和天皇の紛失球?〜事務所に保管されているボール
(59)知られざる野村(JGA副会長)の貢献〜プロゴルフ協会の立ち上げなど
(58)軍服姿(在日米軍)のゴルファー
(57)「恋の片瀬」のゴルフース
(56)本職が褒めた投網のうまさ
(55)大谷光明の子を思う心
(54)ニュース映画に登場した全日本オープンゴルフ
(53)国産機で世界1周〜燃料よりゴルフバッグを
(52)皇太子の砂
(51)大和魂で戦え!
(50)ドルのない時代の海外遠征
(49)名物姉妹キャディーの物語〜他倶楽部でも付き添いを求められた実力
(48)名物姉妹キャディーの物語〜バッグにいれて連れて帰りたい
(47)ワンパット10万円のスリル
(46)ゴルフ倶楽部の歌
(45)プレゼンターに女優さん
(44)知られざる赤星六郎快挙
(43)人糞撒いて接収を阻止した臭い話
(42)ゴルフ東西対抗に三宮殿下杯
(41)寅さんはマッチプレーが苦手
(40)開場セレモニーで大役を果たした宮様方
(39)ウィンザー公の日本の思い出
(38)日英皇太子の親善ゴルフ
(37)欧州の旅の際、プロの模範プレーをご覧
(36)新宿御苑のゴルフコース
(35)昭和天皇のゴルフィング
(34)プロのハンディキャップ制度
(33)よーォ おめーが先に打てよ
(32)川奈で味わった駅弁の味
(31)自動車の副賞をもらったプロ
(30)礼節を重んじた戦前派のプロたち
(29)ヘビー級世界チャンピオンのゴルフ
(28)ホームラン王ルースのゴルフ
(27)中村兼吉USオープンでの快挙
(26)日米対抗で、海を渡った6人のプロたち
(25)ゴルフの日米対抗戦が実現
(24)実力ナンバーワンは鳩山一郎
(23)歴代総理大臣のゴルフ
(22)チャイナドレスがお似合いのチャンピオン
(21)JGAの団旗とパレード
(20)ハンディキャップの差は1ながら
(19)近藤天(たかし)さんの倒立
(18)韋駄天『三島弥彦』のスポーツ歴
(17)岸さん、ゴルフ週間開幕に一役
(16)全国展開の『日本ゴルフ週間』〜腕自がチャンピオンに挑戦した催し
(15)『ハッとしてキャッとした』曲打ち
(14)学生ゴルフの紆余曲折
(13)学生ゴルフの生い立ち
(12)女性にマッチプレーは酷か?
(11)女子ゴルフの草分け三井栄子(さきこ)さんのゴルフ
(10)草創期婦人ゴルファ―たちの服装
(9)倶楽部ハウスに使われた鉄道車両
(8)ゴルフの聖地の夏と冬
(7)通隆氏が語る近衞家のゴルフ
(6)近衞文隆さんの無言の帰国
(5)アマチュアがプロに挑戦した痛快物語
(4)16歳で大物ぶりを発揮した近衞少年
(3)パティー・バーグ相手に『伊代ちゃん』奮闘
(2)女性キャディーの登場
(1)明治29年にクラブを振ったのは海軍の軍人さん


(45)プレゼンターに女優さん 番組名:取材メモ・写真に見る日本のゴルフ史

更新日(2021/10/22)

  関東ゴルフ連盟が主催するアマチュア競技会、関東女子選手権は、数ある女子のゴルフ競技の中では歴史も古く、女子ゴルフの普及には計り知れない貢献がある。創始は1955(昭和30)年、当初は奥様方のゴルフ大会だったが、創始2年目には映画女優だったゴルファーが勝ち、次いでOL経験者、さらに女子学生が優勝して大会は充実してきた。

  至近は女子高校生が優勝するなど、女子ゴルファーの層の広がりが顕著だ。

  この競技が創始されて間もない1956(昭和31)年のこと。映画女優だった荒川さつきが奥様ゴルファーを破って優勝した時は新聞の運動面に大きな見出しで報じられ、ゴルフ界では大きな話題になった。それから半世紀の時が流れて、かつてカップを手にした元女優さんが、今度はプレゼンターとして登場した。2010年、大会が開かれたのは神奈川県の相模カンツリー倶楽部。優勝は当時、茨城県の高校生だった照山亜寿美(現在はプロ)で、新進気鋭の照山は高校生とは思えない冷静なプレーでボールの転がりが速い高速グリーンを乗り切って初の栄冠を手にした。

  そこで関東ゴルフ連盟は表彰式での優勝カップのプレゼンターに同倶楽部の会員だった荒川を選んだ。荒川は戦後間もなく、ミス鎌倉カーニバルに選ばれ、鎌倉在住の文士、久米正雄らの推薦で大映の女優になり20本以上の映画に出演している。荒川は80歳を過ぎていたが、会員になっているゴルフ倶楽部通いを習慣としていた。照山にカップを手渡した荒川は『50年前に頂いたカップを、時を経て私が渡す側になるなんてまるで夢のようです』と和らいだ表情で語りかけていた。

《写真・優勝した照山に優勝杯を渡す荒川。優しく祝福の言葉を送っていた》