(12)女性にマッチプレーは酷か? |
番組名:取材メモ・写真に見る日本のゴルフ史 |
更新日(2021/01/05)

関東の女子ゴルフ選手権は1955(昭和30)年の創始だが、翌年の第2回から競技方法がマッチプレーに変更された。1日目、参加者全員が27ホールをプレーし、上位8人が2日目からのマッチプレーに進み、最終日は27ホールのマッチプレーで優勝を争った。
東京の新聞各紙はこの女性競技を写真入りで記事として扱っていた。その間、注目されたのは1956(昭和31)年に、東宝の映画女優だった荒川さつきの優勝であった。大衆化のあらわれとして職業を持った女性ゴルファーが急増したのは特筆ものだった。
銀座のバーのマダムやホステス連が客に誘われてクラブを振り始めた。ゴルフは誘客の武器になったそうで、こうした流れを好ましく思わなかったのは戦前派の奥様族だった。
ところが新勢力の女性方は、年齢的にも若く上達も早かったため早晩、彼女たちが天下を取るだろうと陰で囁かれていた。ある年のマッチプレーでこんな一件があった。優勝争いで奥様族と新勢力の対決があり、結果は奥様族の勝利。競技終了時に二人は握手を交わすかどうかに周囲の関心が集まったが・・・。敗者は形通りに握手を求めたが、勝者はプイと背を向け、ハウスに姿を消した(気が付かなかったか?)。
頭を痛めたのは主催者側で、役員会でマッチプレーは女性には酷と競技方法の変更を決め、8回目(1962)の年からマッチプレーを廃止した。マッチプレーは重要な競技方法の一つだが、なぜか、アマチュア、プロともにご縁が薄い。学生競技も然り。僅かに戦前派の倶楽部競技に残るのみだ。
《写真・昭和31年、関東女子ゴルフに優勝の荒川さつき(小金井CC)》
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