| (62)日本アマ、オープンの優勝カップ物語 |
番組名:取材メモ・写真に見る日本のゴルフ史 |
更新日(2022/03/24)

日本における数あるゴルフ競技の中で、一番歴史が古いのは日本アマチュア選手権である。競技の原点は横浜と神戸の外人ゴルフクラブの対抗戦で、起源は1907(明治40)年のこと。日本にはまだゴルフが普及していなかった時代である。
競技はやがて団体戦から個人戦という流れに代わり、1918(大正7)年にはアメリカでゴルフを履修した商社マンの井上信らが出場した。現在は日本アマチュア選手権として日本ゴルフ協会の主催で行われている。この競技の優勝者に与えられるカップは、その時代の対抗戦に使われていたものを引き継いでいる。
次いで協会が主催する重要な競技は日本オープン選手権だ。第一回は1927(昭和2)年に行われ、優勝はアマチュアの赤星六郎。だがこの時には優勝カップはなく、参加は僅かに17人だった。しかし二回目以降は若いプロたちの技術が向上してアマチュアを寄せ付けなかった。競技優勝者に贈られるカップが誕生したのは1928(昭和3)年だった。大谷光明(元日本ゴルフ協会会長)発案によるもので、形は正倉院の宝物を参考にして制作されたといわれ、最初のカップは浅見緑蔵が獲得した。カップの形は《何となく宗教臭い》という影の声もあった。その後、ゴルフ界では銀製品の使用が禁止され、やがて銀器献納という事態に陥って大砲の弾になって消えたカップもある。1941(昭和16)年、戦前最後の大会で当時朝鮮(韓国)の延徳春(日本名を延原徳春)が優勝し、由緒あるカップをソウルに持ち帰ったが、太平洋戦争を挟み、カップは行方不明になった。1950(昭和25)年に日本オープンが再開され、その2年後には現在のカップが制作されて中村寅吉が獲得した。大会は川奈ホテルのコースで行われた。
日本ゴルフ協会は創立55年を記念して初代のカップを復元したが、大会に使われることはなく、飾り物になったままだ。
《写真・格調高い日本オープンの初代の優勝カップ。戦前、最後に受け取ったのは延徳春だった》
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