平成の時代に移って、ゴルフ産業は急激な普及を見せた。
その顕著な例はプレークラブの品質の向上に見ることができる。
ボールは益々飛ぶようになり、用具に助けられてスコアが向上したといわれるほどだった。
服装も様々な変化を見せた。 かつて女子のゴルフスタイルは、機能面で問題はあったが、スカートにブラウス、ポロシャツが定番だった。 男子の服装も派手なポロシャツが市場に出回ったが、2001(平成13)年2月開催の常任理事会で、男子は原則的に無地のポロシャツにキャップを被ること、女子もバイザーは好ましくない、と炎天下のプレーにはキャップの使用を奨励した。
風紀問題として連盟は『茶髪禁止』『アクセサリーは禁止』を厳守することとして実際に取り締まることを決めた。
これによって、学生ゴルフは文武両道を確立する基本構想が確立されたのである。 ゴルフの服装は年々華美になり、学生らしさが失われつつあったが、連盟役員の提唱に学生側が呼応して学生らしさを誇示することができた。
この年は神戸の六甲山上に、英国人のグルームが日本で始めてのゴルフ場を作って100年目に当たる年でもあった。 また、競技においては北海道で初めて行われた日本アマチュア選手権に東北福祉大学の宮里優作が韓国のキム・デサブと稀に見る大接戦を演じ、3−2で辛勝して日本アマのタイトルを手中にした。 2年前の星野英正に次いで東北福祉大学から日本チャンピオンを輩出したことになる。