昭和47年からは、文部大臣杯争奪全日本学生ゴルフ王座決定戦(平成13年からは文部科学大臣杯・・・と変更)が創設された。
その年度の日本学生、朝日杯全日本学生の成績で各学生連盟から推薦を受けた者と前年優勝者が出場する個人戦で、予選27ホールストロークプレーで16人を選び、マッチプレーで優勝を決めた。
その年の“締めくくり”行事のため、年末に今日まで行われている。
1959(昭和34)年に始まった東京中日杯関東学生男子/女子大会は、1974(昭和49)年をもって本来の役目を終えたとして終了、翌50年からは日刊スポーツ杯争奪関東学生ゴルフ選手権(男/女)に引き継がれた。
もうひとつ付け加えておきたいのは1975(昭和50)年に始まった山形杯日米大学対抗。 当時、日本ゴルフ協会副会長の職にあった山形晋の名前に冠にした、わが国としては初めての学生の国際競技。 シングルス、ダブルスを3日間で計40試合(各18ホール)行い、勝てば1試合1点を与えるポイント制。 最初の3年は日本(習志野CC)、4年目にアメリカ(ぺブルビーチGL)で行うことで発足したが、日本は1976(昭和51)年と1988(昭和63)年に2度勝っただけ。 1989(平成1)年の第15回からは女子も加え、試合方法も変わってJAL日米大学選手権、1995(平成7)年の第20回からは富士ゼロックス(FUJI XEROX)日米大学ゴルフ選手権となり、今日に至っている。
《写真は、1980(昭和55)年、第9回文部大臣杯全日本学生表彰式風景》