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ご成婚記念パレードに参加 番組名:学生ゴルフの足跡

更新日(2012/11/20)

 昭和34年4月10日、皇太子・明仁親王(現天皇)が正田美智子さまと結婚された。 美智子さまが天皇家へ入る初の民間人となったこともあって、国を挙げての慶祝ムードに包まれた。 また、お二方の結びつきがテニスであったことから、アマチュア・スポーツの総本山・日本体育協会がご夫妻のご臨席を得て『ご成婚記念スポーツパレード』を開催、スポーツ界としての祝意を表した(昭和34年5月)。 国立競技場を使う予定だったが、あいにくの雨のため、千駄ケ谷駅前の東京体育館で行われた。 ゴルフは甲南大出身の日本アマ・チャンピオン、石本喜義が先頭で日本ゴルフ協会の団旗を捧げ持ち、日本ゴルフ協会の役員のしんがりに学生ゴルファー出身の松本富夫も行進した。 学生ゴルフは当時、既成クラブ等から冷たい扱いを受けていたが、このような社会的イベントに際しては、ゴルフ界の代表として活躍したのだ。

東京オリンピック1964(昭和39)年は昭和30年代の最後を飾る世界的行事として内外の関心を集めた。 ゴルフはかつて第2回パリ大会(1900/明治33年)、第3回セントルイス大会(1904/明治37年)で行われたが、以後は実施種目から外れており、したがって東京オリンピックでも日本ゴルフ界は、直接の関係はなかった。 しかし、昭和36年4月から各ゴルフ場への来場者から1回5円ずつ(昭和38年から10円)寄付を募り、オリンピック募金に協力したことは記録にとどめておいてよいだろう。 東京オリンピック後の昭和41年6月、国民祝日法が改正され、東京オリンピックを記念し、開幕の10月10日が『体育の日』となった。 これを祝い、文部省(当時)と日本体育協会が『記念スポーツパレード』を、今度は無事、好天に恵まれた国立競技場で開催。 この時もゴルフは、日本ゴルフ協会の要請で学生50人が参加、慶應の中川好正を旗手に行進した。

《写真上》
1959(昭和34)年、皇太子殿下ご成婚記念スポーツパレードに参加するゴルフ連盟役員〔旗手は石本善義(甲南出)〕
《写真下》
1966(昭和41)年体育の日制定記念スポーツパレードに参加し、堂々の行進をする各大学ゴルフ部の学生たち〔旗手は中川好正(慶応義塾出)〕