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文武両道を貫く連盟 番組名:学生ゴルフの足跡

更新日(2013/05/25)

 平成9年1月の連盟理事会で、翌10年から単位制度の導入が決議された。 狙いは学生ゴルフのあり方を追求するもので、連盟の登録され、競技出場を志す学生は年間、最小16単位を取得しないと出場資格なしとなることが新制度の骨子であった。 その裏では、大学に在籍するだけで、授業に出ない“ゴルフ学生”が急増し、連盟の威信にかかわる問題であったからだ。 連盟は文武両道を目指して、単位制度の導入を検討したが、実施にはいたらなかった。

一方、現有勢力ではリーグ戦参加は不可能という加盟校に対しては競技会を経験してもらうために、チャレンジカップ競技の新設が承認された。 さらに、各ブロック入れ替え制度の廃止が協議され始めた。 ブロック戦の入れ替えは上位ブロックの最下位校とその下位ブロックにおける優勝校とは入れ替え戦を行ったが、コースの確保に困難を極め、さらに競技出場校の経費負担が大きく、ブロック優勝校が上位に進むことになった。

4月の関東大学春季Aブロック対抗戦は日本大学が15連覇という大記録を作ったが、同じく女子の春季Aブロック対抗戦では日本大学は8連覇を専修大学に阻まれ、専修は8年ぶりの優勝だった。

7月の関東女子学生ゴルフ選手権は競技が一本化されて初の開催だったが、吉田希美代(早稲田)が勝った。 吉田は女子学生ゴルファーの中ではパワーのあるプレーヤーで、早稲田大学から関東女子学生に優勝したのは金沢鈴華に次いで2人目だった。 関東学生男子は国吉博一(日本)がメダリストと優勝を手中にし、日大勢の関東学生制覇は8年連続の快挙だった。

   

《写真上》
1997(平成9)年4月、女子春季Aブロックで、日大の8連覇を阻止した専修大学チーム
《写真下左》
1997(平成9)年7月、関東女子学生で早稲田大学から2人目の優勝者となった吉田希美代、右は2位の田崎史子(日本)、
左は3位の中島真弓(早稲田)
《写真下右》
1997(平成9)年7月、関東学生で優勝し、日大勢8連覇の立役者となった国吉博一