競技は東西の両学連でそれぞれ予選を行って、15人ずつの本大会出場者を決めたあと、本大会は2日間72ホールのストロークプレーで争った。 ファミリー・ゴルフ出身の松本富夫、昭男の兄弟が断然強く、兄の富夫が2打差で昭男を振り切った。
富夫は翌年の全日本学生にも優勝し、金田武明に続く、学生ゴルフ復興期の実力者だった。 松本兄弟のほか、のち日本アマの覇者となる石本喜義(甲南大)中部一次郎(慶應)、昭和31年の学生チャンピオン野村健二(慶應)らも上位に顔を並べる常連で、注目を集めた。
1935(昭和10)年に始まった全日本学生選手権はこれまで、すべて関東のゴルフ場で開かれてきたが、昭和28年の大会で初めて関西(広野GC)が会場となり、昭和34年、主催が日本ゴルフ協会に変わり、タイトルも全日本から日本学生ゴルフ選手権に変更され、霞ケ関CCで行われたあとは関東、関西が1年交代で開催を受け持つことになった。
《写真左》
1954(昭和29)年7月、第8回全日本学生ゴルフ選手権に優勝し、 鍋島直泰競技委員長から優勝カップを授与される松本富夫
両者の間に写っている人物は植村陸男
《写真右》
1956(昭和31)年、全日本学生ゴルフ選手権で優勝した野村健二