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昭和から平成へ 番組名:学生ゴルフの足跡

更新日(2013/03/20)

 昭和天皇の崩御によって年号は昭和から平成になり、学生ゴルフの国際進出が一層、注目されるようになった。

学生ゴルフは日米対抗がJGAの支援によって1975(昭和50)年に始まった。

第1回大会山形杯日米大学対抗ゴルフ競技の名称で習志野CCで行われ、遠来の米国チームが圧勝した。

実力差はあまりにも大きかった。1978(昭和53)年の第4回大会には尾家清孝(日本)、金谷多一郎(同)、五井圭介(立教)、塩田昌宏(近畿)、羽川豊(専修)、堀越栄治郎(成城)、山口雅二(福岡)、湯原信光(日本)のメンバーでぺブルビーチに遠征した。

日本チームの団長を務めたのは近衛通隆・元全日本学生ゴルフ連盟課長だった。

これは学生ゴルフが海外に遠征した走りであり、日本の学生陣は貪欲に米チームの進んだ技術を学びつつ、国際親善を果たした点は特筆されるべきだろう。

平成に入って東北福祉大学のゴルフ活動が始まった。地方都市仙台にある一私立大学が、それから数年後、日本の大学ゴルフの王座を占めるとは、この時代、誰一人として予想できなかったろう。 同校は大学当局の絶大な支援を得て、着実に力をつけていった。

関東学生ゴルフ連盟が主催するビッグゲームの関東学生ゴルフ選手権は、1989(平成1)年より3位決定戦の制度を導入した。 最終日には優勝戦と平行して3位決定戦(18ホールマッチ)を行うようになった。