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学生ゴルフの足跡

学生ゴルフの足跡

担当:関東学生ゴルフ連盟

Golferwebでは学生ゴルファーの広報活動を応援してます。関東学生ゴルフ連盟(KSGA)の70年史より抜粋してご紹介します。


KSGA創設役の中枢だった小寺酉二氏
(2012/03/26)
 関東学生ゴルフ連盟は昭和10年2月、東京・神田にあった目黒書店のバックアップで創立にこぎつけたが、 その創世記からゴルフを学ぼうとする学生たちに対し『ゴルフとは…』『作法は…』『ルールとは…』と説いたのは小寺酉二さん(1897年〜1976年)である。
学生ゴルフの普及のみならず、戦後、日本ゴルフ界の復興に尽くした功績は大きい。
だが残した功績がなぜか大きく評価されないのは気の毒な話だ。その功績を紐解き、かたくなに守り通したアマチュアの尊厳を追ってみる。

昭和10年2月、東京・日比谷で関東学生ゴルフ連盟が産声をあげた。連盟の発起校だった慶応義塾大学、早稲田大学、法政大学、明治大学の 各代表が馳せ参じた。
連盟の顧問として目黒四郎、赤星四郎、堀籠乕之助、小寺酉二の各氏が列席した。
連盟を代表するチェアマン(会長職)にはゴルフ界の識者、小寺さんが就任し、連盟組織の骨格を固めつつ、 学生の指導に直接携わったのは小寺さんだった。
小寺さんは慶應義塾大学理財科を卒業後、米国のプリンストン大学に学んだ。

帰国後、母校の教団にたち、趣味のゴルフの分野では東京ゴルフ倶楽部などの名門倶楽部の会員に名を連ね、 赤星六郎仕込みの自慢の腕で、日本アマや関西アマ、東西対抗といった全日本級レベルの競技に出場した。


高級リゾート軽井沢でもリーグ戦

関東大学対抗リーグ戦の記録を振り返ってみると、Aブロックの試合が、春季リーグは1960(昭和35)年から1966(昭和41)年まで、秋季は1960(昭和35)年から1969(昭和44)年まで、連続して軽井沢ゴルフ倶楽部で開かれていることがわかる。

軽井沢は国際的な避暑地であり、同ゴルフ場はわが国きっての上流紳士の社交場でもあるが、このような所で学生がゴルフをプレーできたのは、ここが避暑期以外の時期は閑散期で空いていること、学生ゴルフ育ての親、小寺酉二がそこに目をつけて、学生がその時期に利用できるよう、便宜を図ってくれたからである。

ここで紹介した事例は、たかだか1イベントの会場手配の新設に過ぎないかもしれないが、学生ゴルフの今日の隆盛は、こうした歴代の諸先輩のご指導、ご支援によってもたらされたものであることを忘れてはならないと考える。
《写真上》
写真中央が、小寺酉二さん

《写真下》
1962(昭和37)年5月、宿願の関東大学対抗リーグ戦に初優勝(軽井沢GC)、その祝賀会での早稲田大学ゴルフ部員たち(プリンスホテルで)

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