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更新日(2022/05/18) 帝国ホテルの支配人を務めた林愛作(1873〜1951)は、群馬県太田市の出身で、若くしてアメリカにわたり、ニューヨークで美術商の山中商会で働き、帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトとの厚い交流があったのが有名だ。愛作がアメリカに渡ったのは正式な渡米を申請したわけではなかった。横浜に停泊していた汽船の乗りこんだまではよかったが、気が付いたら船は出港してしまい、サンフランシスコでの生活を余儀なくされた。教会に通ううちに、篤志家の婦人に巡り合い、ニューヨークでの勉学を進められて、東海岸での生活を送った。 ニューヨークでは銀行家の井上準之助と知り合い、井上がゴルフ場造りに邁進していることを知り、東京・駒沢の土地を紹介した。林はアメリカに渡ってゴルフを知り、駒沢では自作のコースでプレーした経験もあった。かくして東京ゴルフ倶楽部は駒沢に日本人が造った第一号のゴルフコースとなり、日本のゴルフの夜明けとなった。その裏にはアメリカでゴルフプレーを体験した林がいたからだ。日本のゴルフの夜明けを支えた貴重な存在だった。〆 《写真:ショットをする林愛作さん》
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