更新日(2022/03/18)
昭和初期の程ヶ谷カントリー倶楽部に、岩倉末吉というプロが所属していた。『赤紙』(戦時中まであった徴兵制度)が舞い込み、陸軍二等兵として北支(現在の中国・北京)に配属された。 日曜日のある日、市内を散策していたら、将校がゴルフボールを打っていた。 岩倉はたまらず『あの〜1発撃たして下さい』と声をかけた。 将校は『兵隊なんぞに打てるものか』と押し問答の末、将校は『そんなに打ちたいなら、1発だけ打たしてやる』に、岩倉はドライバーを振った。 するとボールはまっすぐ飛んだ。将校は驚き『お前は誰だ』 『はい。岩倉2等兵です。入隊する前はゴルフのプロでした。 話は部隊や外交団に広がり、レッスンの引手あまたで、大将並みの厚遇を受けた。岩倉2等兵は東京ゴルフ倶楽部が東京・駒沢にあった時分、キャディーを振り出しにプロになった。 だが、戦火にのまれて戦死をとげた。当時の岩倉の実家はいま駒沢にある。 《写真:岩倉末吉プロ》
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