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さよなら。東京ゴルフ倶楽部の名物ゴルファー西邑真さん 番組名:孔球偉人列伝

更新日(2012/09/20)

 東京ゴルフ倶楽部の名物ゴルファーといわれた西邑(にしむら)真(まこと)さんが去る8月、静養先の軽井沢で亡くなった。91歳だった。
プロ全盛期の今日、アマチュアゴルファー西邑さんといっても『?』かも知れないが、名門、東京ゴルフ倶楽部においては長老的な存在で、お元気な頃は関東の倶楽部対抗競技では東京ゴルフ倶楽部の中心選手として昭和32、33年、同倶楽部が倶楽部対抗に連続優勝をとげた時は大活躍し、若手としてチームを表、裏の両面から支えた。愛称は『まこちゃん』、倶楽部の長老連はいつもこう呼んで目をかけた。

西邑家のゴルフは父の清さんにルーツがある。同氏は宮内省の元侍従で、ゴルフとのご縁は古く、東京の新宿御苑に皇族方専用のゴルフコースがあった時代に遡る。伸子夫人と夫唱婦随のゴルフを楽しみ、家族そろってクラブを振るのをよしとした。西邑さんの二人の姉(敦子、弘子)は東京ゴルフ倶楽部のコースが埼玉県の朝霞にあった時代には女子の常連の先頭に立っていた。関東、関西の婦人対抗戦では関東の奥様方に交じって活躍した。敦子さんは日本ゴルフ協会(JGA)の女子委員会の委員長を務め、女子の海外遠征に団長として海外交流に一役かっている。
そんな一家に育った西邑さんは戦時中、学習院から海軍に入り、軍隊生活を経験したが復員後、サラリーマンとして広告会社に勤務中の昭和28年、東京ゴルフ倶楽部に入会した。サラリーマン生活を送りながら、ゴルフ技術を研鑽し、日本アマ、アマチュア東西対抗、関東アマ、関東オープンに出場する腕前になった。西邑さんがとくに精魂を傾けたには倶楽部対抗競技だった。倶楽部内の競技より対外的に活躍が目立のはそのせいだ。会員間では温厚な長老として慕われ、会員間の融和を重視する一面もあった。
居を東京から軽井沢に移してから、倶楽部への来場は減った。だが80歳を超えてもシャープな技は衰えることなかった。倶楽部を代表するといっても、豪快なショットを放つわけではなく、『いつもそばにいてもらいたい』と周囲に思われる存在だった。戦後の日本のアマチュア界の復興の担い手の一人の静かな旅立だった。
《写真・昭和33年の関東倶楽部対抗に優勝した東京ゴルフ倶楽部チーム。前列左端が西邑さん》