国産ゴルフボールの登場 番組名:ゴルフ温故知新

更新日(2023/05/12)

  日本にゴルフというスポーツが登場したのは1900年代の初めで、神戸に住んでいたイギリス人たちが母国のスポーツをしのびながら六甲山上にあった別荘の庭に3ホールのミニコースを造ったのが始まりといわれている。

  当時はゴルフを手掛けようにも国産の用品はなく、イギリスなどからの輸入品に頼るほかはなかった。

  その後、時代の流れとともに海外に出た日本人たちがゴルフを知り、武道以外の新しいスポーツとして普及していった。しかし、用品は輸入に頼る以外には入手の手段はなく、お金のかかるスポーツという汚名は拭えなかった。

  そこで何とかして安価に楽しめる方法はないものかと関連に事業を手掛けていた企業の中からゴムに関わり合いのあったタイヤメーカーのブリヂストン社がお手の物のゴムを使ったボールの生産に乗り出した。

  当初は試行錯誤、これといった製品には辿りつかなかったが豊富な資本金にものをいわせ、どうやら外国産と競争できそうな商品にたどりつき、昭和の初期にはBSゴルフボールとして市場に送り出すことができた。しかし、日本は戦時体制の流れで、原料のゴムは戦時物資の生産が優先されてゴルフどころではなくなった。

  しかし生産が始まった当初、当時トップクラスの実力者の陳清水をモデルにして、このような広告が昭和の年代のゴルフ雑誌の紙面を飾っていた。