更新日(2022/12/15)
日本のゴルフを語る上で、赤星四郎、六郎兄弟のことを抜きにできない。かつて大谷光明、高畑誠一が持ち帰った英国流の古いゴルフをアメリカ流に変えたのは赤星兄弟だった。 赤星家には5人の兄弟がいて、四郎、六郎の兄弟はハンディキャップゼロ。長兄の鉄馬がハンディ9。三男の喜介と五男の五郎がハンディ3。五人兄弟のハンディを合計しても15というゴルフ兄弟だった。 赤星兄弟の父は弥之助といい薩摩藩の郷士で英国の武器メーカーのパテントを持ち、日清、日露戦争で巨万の富を築いたらしい。このおかげで兄弟たちはアメリカに留学できた。六郎はプリンストン大学に学び、ゴルフを履修し、たまたま出場したパインハーストでのスプリングトーナメントに優勝して、アメリカのアマチュアゴルフ界では新星と騒がれた。しかし、当時は情報の流れもなく、日本では知られざる赤星の快挙だった。 赤星は1924(大正13)年に帰国して本人の口から詳細が語られて、大騒ぎになった。この年に六郎は東京ゴルフ倶楽部に入会して赤星旋風が起き、赤星から教えを受けた鍋島直泰が昭和の中頃に渡米して、赤星の優勝を伝える新聞を持ち帰った。 《写真・赤星六郎の優勝を伝えるパインハーストの新聞》
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