更新日(2022/06/02)
日本に近代ゴルフを持ち込んだ赤星六郎(1898〜1944)。アメリカ留学から帰国したのは1925(大正14)年のこと。帰国後東京ゴルフ倶楽部に入会して、アメリカ仕込みの腕前を発揮した。アメリカでの競技(イースタントーナメント)に優勝した快挙は、余り知られず、日本のゴルフ界ではさほど話題にならなかった。情報網の不備などあって、伝達が不十分だったせいもある。 ところが、アメリカのゴルフ界での評価は高く、ご本人の口から出た言葉で騒ぎ出す始末だった。赤星は『勝ちたくて必死にやったわけではない。いつ負けてもいいや。とやっているうちに勝っちゃった』といった次第だった。 趣味は釣り。とくに投網にかけての腕前は、本職の漁師も驚くほどだった。戦時中のことだが、住まいを酒匂川(神奈川県)近くに構え、時間があれば釣りに出かけていた。しかし、ゴルフともなれば別で、プレークラブが錆びていようが、競技になると他が足元にも及ばないスコアで回っていた。この写真を撮影したゴルフ史家の小笠原勇八氏は『赤星さんがふるまってくれたタイの刺身の味は格別だった』 《写真・玄人の領域といわれた赤星の投網》
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