更新日(2022/01/01)
ゴルフプレーにはキャディーはつきもの。だが、戦時中のことだが、人出不足のためキャディーの付き添いが禁止されたことがあった。ゴルフ発祥の地スコットランドでは、ゴルフのプレーといえば頑強な男性が付き添うのが当然だった。この伝統は日本でも受け継がれ、明治時代の中期から太平洋戦争が始まる昭和初期までは若者の職場だった。しかし、20歳を過ぎた若者には徴兵制度が待ち受けていて、若者たちは勇んで銃を手にした。そこで男性に代わって若い女性が重いバッグを担ぐようになった。昭和が10年代に入ってからのこと。 太平洋戦争が終わり、芋畑になっていたゴルフコースは復元され、戦前にも勝るゴルフ愛好国となった。しかし、ゴルフ場は若い男性の職場ではなかった。経済の発展とともに企業に職を求める若者が多く、人手不足となり、女性キャディーの登場となった。いち早く女性キャディーを採用したのは相模カンツリー倶楽部で、その後主婦や健康な女性の職場となった。かつてキャディーはプロの登竜門だったが、いまは練習場育ちが多く、ゴルフに対する考え方が違っている。コース管理の知識も浅いが、戦前派はコース管理の知識が豊富だった。 《写真・世界に誇る日本の女性キャディ―/1957年、カナダカップで好評だった日本の女性キャディー。サム・スニードと金子くら子さん》
|