アメリカンフットボールに関わる話題 番組名:ゴルフ温故知新

更新日(2018/06/05)

  いま、日本のスポーツ界は日本大学のアメリカンフットボールチームと関西学院大学の試合で起きた“悪質タックル”を巡る話題に振り回されている。どうやら加害者的な立場と見られている日本大学チームの指導陣の不適切さに起因があるようだ。フェアプレーの精神とルール厳守がモットーであるべきスポーツにおいては、情けない出来事だった。

    さて、このアメリカンフットボールといえば元祖はアメリカだ。アメリカにおける各大学ではスポーツの必須科目になっているほど国民的なスポーツだ。プロスポーツの分野においても、フットボールは野球に負けないほど人気がある。

    かつて世界の三大スポーツといえば野球の早慶戦、ケンブリッジ大とオックスフォ―ド大のボートレース、そしてイェール大とハーバード大のフットボールといわれた。だが近年はスポーツファンの解釈が変わり、ラグビー、サッカーなどが加えられて、人気、内容、テレビ中継による注目度が加味されて取り上げられる三大スポーツが変わってきた。

    さて、本題の日本におけるアメリカンフットボールについて語ろう。日本で初めてアメリカンフットボールの競技が行われたのは1934(昭和9)年のこと。東京・神田のYMCAでゴルフの赤星四郎さんが競技方法を解説している。赤星さんは大正時代にアメリカ・ペンシルベニア大学に留学している。体育の必修科目としてアメリカンフットボールを履修し、在学中はレギュラーのポジションを担って活躍した。その後、ゴルフに転向しているから、ゴルフ界ではフットボールの選手だったことは余り知られていない。

    弟の六郎さんは、体が弱かったので激しいスポーツを避けて静かなゴルフに馴染んだ。

    四郎さんは1934(昭和9)年、米大リーグ選抜軍が来日した時にゴルフ好きのホームラン王ベーブ・ルースのゴルフのお相手をしたが、二人が肩を組んで並ぶと、ほぼ互角。赤星さんは日本人離れした巨漢だった。

《写真・1934(昭和9)年、ホームラン王のベーブ・ルース(中央)と肩を組んで並んだ赤星四郎さん(右)と柔道の阿部大六さん》