カナダカップから60年 番組名:ゴルフ温故知新

更新日(2016/12/06)

  今年度のワールドカップゴルフ(旧カナダカップ)は、オーストラリアで開催された。過去2度の優勝経験のある日本は、今季絶好調の松山英樹を軸に優勝を狙う最右翼にあると見られていたのだが・・・・

  今から60年前の1957(昭和32)年10月、第5回カナダカップは埼玉県の霞ケ関カンツリー倶楽部東コースで開催された。日本チームは中村寅吉、小野光一のペアで団体、個人の初優勝を遂げた。強豪国のアメリカや英国、豪州などを退けた日本のゴルフが一躍脚光を浴びたのはこの時である。競技の模様はテレビ中継で全国に伝えられ、ゴルフという競技は電波を通してお茶の間に飛び込んだので、日本国民はゴルフを知り、ゴルフをやろうという流れが強まり、ゴルフコースが続々と誕生し、ゴルフ用品を造る産業が元気になった。

  あの日本のゴルフが世界に注視された霞ケ関CC東の名コースは消えた。1929(昭和4)年、藤田欣哉、赤星四郎の設計で誕生した東コースは数々のアマチュアの伝統競技の舞台になった。窮極の話題はカナダカップの舞台になったことであろう。多くのゴルファーの印象に残るのは10番の池越えパー3のホールだろうか。名匠アリソンの助言を取り入れて日本庭園を連想させる設計だった。新コースは全長7466ヤードのパー71という長いコースに生まれ変わった。2020年の東京五輪・パラリンピックのゴルフ競技の舞台になる。日本のゴルフ振興の原点にたった名コースのありし日の面影を辿ってみた。

《写真・カナダカップのサム・スニード》

      ▽他の写真は、ゴルフ写真館に掲載

        カナダカップ最終日18番のグリーンを囲む報道陣。

        雨中のコースを歩く観衆。