更新日(2016/03/31)
日本は太平洋戦争に敗れ、戦後しばらくの間は祝日であろうが国旗の掲揚が許されなかったことをご存知だろうか。昭和20年、日本国は太平洋戦争に敗れ、日本を占領した連合国軍(GHQ)の指令によって国の機関はもとより、一般家庭においても国旗の掲揚は禁止されていたからである。 今は自由の時代だから、オリンピックの競技で『日の丸』が挙がると日本国民は感涙にむせび大喜びだが、戦後はこんな苦難の時代があった。 戦後しばらくして日本のプロゴルファーがアメリカに戦後初の遠征をした。昭和27年の8月、中村寅吉、石井廸夫、島村祐正、林由郎の4人がシカゴのタモシャンタで行われた世界選手権に出場した。その前年、在日米軍慰問のために日本を訪れたアメリカのプロゴルファー、ジャック・バーク、ロイド・マングラムの骨折りによるものだった。 プロの海外遠征といえば聞こえはいいが、当時の日本にはドルがなく、しかも1ドルの日本円換算は360円という難しい時代だった。しかし、戦勝国のアメリカ国民はこの時、ゴルフトーナメントに出場した日本のプロゴルファーと彼らの母国である日本に敬を表するために粋な催しをやった。 シカゴのゴルフコースのスタートホールに国旗掲揚ポールを立て、スタートする日本のプロが姿を現すとポールに日の丸がするすると登った。この様を見て観戦していた在留邦人たちはうれし涙にくれたという。 当時、アメリカに留学していた三輪雄次郎さんはゴルフ雑誌に寄稿を頼まれ、サンフランシスコからシカゴに足を運び、ティーに揚る日章旗という題の観戦記を纏めている。その中で体の大きい米国勢に対し、小柄ながら健闘する日本のプロたちの姿を克明に伝えている。観戦記で一番印象に残るのは、敗戦国から参加したプロたちのスタートのたびに、母国の国旗を掲揚して激励した主催者の計らいだ。観戦した観客も一斉に割れんばかりの拍手を送ったという。 戦後という時代は終わった。しかし、戦後間もない時代に、日本のプロたちのために、激励の日章旗を揚げたという米国の美談もすでに終わっているのだろうか。 《写真・スタート台に立っているのは参加したプロの島村祐正さん》
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