同情金は優勝賞金より高かったという話 番組名:ゴルフ温故知新

更新日(2014/06/25)

  U.S.女子オープンゴルフ選手権が先週に続き、米ノースカロライナ州のパインハースで行われたが、舞台は名うての難コースといわれるだけあり、なかなかいいスコアが出ない。トリッキーなグリーンはプレーヤー泣かせで、ボールがグリーンに届いたと思ったら傾斜の影響でバンカーに転がり込んだりする場面があり、競技者の悪戦苦闘ぶりをテレビ中継が伝えた。

 U.S.女子オープンは戦後の創始で、1956(昭和31)年、マッチプレーで優勝が争われた。第1回大会の勝者はパティー・バーグ。アメリカの女子プロゴルフ協会の創立に貢献した人物だ。彼女は昭和36年に用品メーカーの招きで来日したことがあり、東京ゴルフ倶楽部で模範プレーを披露したことがある。女子ゴルフの普及には並々ならぬ情熱を燃やし《女性はもっとクラブを振りましょう、勇気を持ってコースに出ましょう》と声を張り上げていた。

 U.S.女子オープンは年々隆盛を極めたが、1957(昭和32)年の大会(ニューヨークのウィングフットGC)で、ハワイのジャッキー・プンが優勝スコアを出しながら、スコアの誤記(過小申告)が発覚し、失格という悲劇があった。ところが会場のウィングフットGCの会員たちが痛く同情し、悲劇の女王を救おうと募金運動を始めた。会員たちは規則の上だから、反則を覆すことはできないことをよく知っていた。募金は瞬く間に優勝賞金を上回る額が集まり、プンはタイトルの代わりに会員たちの道場で集まった募金を手にして家路についたという歴史もある。

 

余談だが1970(昭和45)年、プンはTBS女子オープン(現在は日本女子オープン)に出場したことがある。しかし往年の力を発揮できないまま、前半でカットの憂き目を見た、季節は11月。ハワイ育ちの彼女は日本の寒さを知らず、プレー中は半袖姿で震えてばかりでゴルフにならなかった。

《写真・会場になったウィングフットGCの写真》