更新日(2007/11/19)
大会は、秋も深まった10月24日から4日間、霞ヶ関CC東コースで行われた。連日2千人を越える観衆が詰め掛け、名手の妙技に酔いしれた。この模様は日本テレビから実況中継され、ゴルフというスポーツがお茶の間に流れ視聴者はゴルフを知った。ここからゴルフは大衆化の方向に進み、いまや国民体育大会の競技種目になるほどの普及振りだ。 いまカナダカップは67(昭和42)年からワールドカップと名称が変わり、スポンサーも変わったので、創設期の精神が不明確になりかけている。開催から半世紀を経たのを機会に、創設時の精神を明確に伝えたい。大会のパトロンは原子力潜水艦を建造したゼネラルダイナミック社のジョン・ホプキンス会長だ。大会の意図は原子力の平和利用。この精神に賛同したのは国務大臣を歴任した正力松太郎氏だったことから、国際ゴルフ連盟、日本ゴルフ協会、読売新聞社三者の共催になった。 |