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第5回カナダカップ大会から60年 番組名:ゴルフは時空を超えて

更新日(2017/10/14)

  いまを去る60年前の昭和32年10月24日は、埼玉県の霞ヶ関カンツリー倶楽部東コースで第5回カナダカップ大会(現在はワールドカップと名前が変わった)が開幕した日である。カナダカップとは1国から代表2人が出場して72ホールをプレーして競う団体、個人戦で、国際親善をスローガンに掲げたゴルフの国際競技である。

    日本でこの種の世界規模といえるゴルフ競技の開催は初めてで、国際ゴルフ協会、日本ゴルフ協会、読売新聞社が主催し、世界から30か国、60人のトップクラスのゴルファーが出場し、4日間にわたる熱戦が繰り拡げられた。

    地元の日本は中村寅吉、小野光一のペアが出場し団体、個人戦の両方を制覇して、日本のゴルフが一躍世界に知れ渡った。日本のペアは団体戦では2日目にトップに立ち、優勝の呼び声が高かった米国チーム(サム・スニード、ジミー・ディマレー)に9打の差をつけて初優勝をとげた。

    チームのスコアは557(中村274、小野283)という数字は大会のべストスコアだった。大会の模様は日本テレビが4日に亘って実況中継し、電波は各家庭の茶の間に入り込んだために国民はゴルフ競技とは・・・を知った。

    その後、日本では2度目の開催になる第14回大会(1966年11月10日から4日間)が9年ぶりに開かれた。優勝はパーマー、ニクラウスという最強ペアを送り込んだアメリカで、日本は杉本英世、河野光隆が出場して団体戦は5位。個人戦は杉本が2位になった。

  日本では最初のカナダカップ開催以来、ゴルフ熱が高まり、ゴルフ場の建設が相次ぎ、ゴルフ人口の急増で英米に次ぐゴルフ愛好国となり、猫も杓子もゴルフ、ゴルフ・・・といった具合に、ゴルフに熱中したが、近年は不況という世相を反映してか、以前のような熱中ぶりは感じられない。その代りプロゴルフの競技全盛期を迎えている。

《写真は昭和32年のカナダカップ大会の最終日の模様》