ジュニアゴルフの育成に貢献した二世ゴルファー 番組名:ゴルフは時空を超えて

更新日(2015/10/06)

  ジュニアのゴルフが普及した今日、小学生や中学生のゴルファーが誕生しても不自然ではないが、戦前のゴルフ界では少年、少女のゴルフは考えられなかった。『ゴルフとは大人の遊び』というのがゴルフにたいする概念が強かったからで、少年、少女がクラブを振ることはなかった。

  しかし、戦後の日本のゴルフはアメリカのゴルフの影響を受け、ゴルフに対する考え方が変わった。

  戦後のアマチュアゴルフ界に大きな影響を与えた米軍人や日系二世ゴルファーのことは、一連の歴史館シリーズで語っているが、もう一人の日系二世ゴルファーを紹介したい。『オカフジ・タケオ』(岡藤 武夫)。ハワイ生まれのゴルファーだ。米空軍の軍属として立川米空軍に勤務していたが、兵役を退いてから、しばらく日本に滞在して日本のアマチュア競技に出ていた。そのうち日本人のジュニアゴルフの育成に情熱を傾けるようになり、昭和30年代の初期だが米軍専用のゴルフ場を利用して日本のジュニアゴルフのための教室を開く先頭に立った。その時代、ジュニアの競技はなく、ゴルフ場はジュニアには容易に開放してくれなかった。だが米軍専用のゴルフ場は理解が深く、簡単に開放してくれた。これが日本におけるジュニア育成の発端だが、少し遅れてゴルフの専門雑誌や新聞がジュニアの競技を開催するようになった。いまやアマチュアの競技団体やプロ協会が主催するジュニアゴルフのためのスクールや競技会は花盛り。だが、日系二世ゴルファーのオカフジ・タケオの足跡を論じるところは全くないのは残念だ。

≪写真・アマチュア競技で活躍するオカフジ・タケオさん≫〆