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カナダカップの会場決定の一瞬 番組名:ゴルフは時空を超えて

更新日(2014/05/29)

 1957(昭和32)年に、カナダカップ(国別対抗ゴルフ)が開催されたが、日本のゴルフ史上、初の大きなイベントだった。日本は地の利に恵まれ、中村寅吉・小野光一のペアが団体戦で勝利を飾り、日本のゴルフが世界に知れ渡った。
 大会前、主催者の国際ゴルフ連盟は、会場選びにトーナメントディレクターのフレッド・コーコランを日本に派遣し、霞ケ関CC、小金井CCなどを視察させたが36ホールを擁し、練習場など完備の霞ヶ関CCを第5回カナダカップの開催コースに決めた。会場の決定を発表するコーコラン氏、ホスト俱楽部理事長だった松岡敬氏(左)、主催する読売新聞社から品川主計氏(右)が出席した歴史に残る場面がある。

  かくしてカナダカップはその年の10月、32か国が参加して開かれ、テレビ中継によって多くの国民はゴルフというスポーツを知った。これがきっかけでゴルフ大衆化の道を歩き始めた。

  2020年は日本で2度目のオリンピックが日本で開催されるが、ゴルフは2016年のリオデジャネイロの大会から正式競技として採用される。日本開催の折、霞ケ関CCは日本のゴルフ史に名を残す史上2度目の檜舞台になる。