更新日(2012/05/01)
日本のスポーツ界が第二次大戦で蒙った被害は甚大だった。
スポーツ施設の被害も大きかったが、人材の損失は計り知れないほど大きかった。
スポーツ産業は壊滅状態で、用具の生産はおぼつかなかった。
終戦と同時に連合軍が日本の国土を占領し、食料増産のために芋、カボチャ畑になっていたゴルフ場は米軍の手で復興された。
ゴルフはアメリカ国民にとって国技のようなもので、米軍の将兵やその家族のための必要な福利厚生施設としていち早く復元された。
この恩恵に浴したのが日本のゴルフ界だった。
用具は日本の占領の軍務を終えて帰国する軍人が売り払った。
中古品として日本の市場に出回り、戦前派のゴルファーはこれを買い求めてプレーを楽しんだ。
ウィルソン、マクレガー、スポルディングなどの有名なメーカーの最新クラブは、ゴルファーにとってはのどから手がでるほどだった。
この頃の学生ゴルファーたちの親は、使い古しのクラブを譲り受けて使った。
昭和26年頃、新橋で松島杲三(こうぞう)さん(現フタバゴルフ社長)が進駐軍払い下げの中古クラブの販売を始め、クラブを求める日本人ゴルファーが押しかけた。
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