| 一人三役をこなした男、小笠原勇八 |
番組名:学生ゴルフの足跡 |
更新日(2011/11/09)
昭和6年創刊のゴルフ専門誌『月刊ゴルフ』の編集長を務めたジャーナリストに小笠原勇八がいる。 明治34年、岩手県の盛岡に生まれ、盛岡一中(旧制)から早稲田大学商学部に学び、 卒業と同時に東京・神田にあったスポーツ専門の出版社、目黒書店に入社、同6年に創刊されたゴルフ誌の記者となる。
大学在学中は山岳部員として冬の北アルプス縦走に成功して登山の大家として名を高めた。
昭和10年、目黒書店の肝いりで関東学生ゴルフ連盟が誕生したが、取材記者の傍ら学生ゴルフ連盟の事務局を取り仕切った。 そして、学生ゴルフ連盟の運営、競技会の企画、取材に至るまで一人三役をこなした。
日本におけるゴルフ専門記者の先駆け的な存在で、取材を通して日本のゴルフ草創期の先達と交流が深かった。 特に大谷光明、赤星四郎、六郎、石井光次郎の各氏とは密接な関係にあり、 昭和27年、日本ゴルフ協会の事務局長に就任し、以後、約40年にわたって日本のゴルフ界の裏方を務めた。
晩年は日本のゴルフ史の生き証人といわれ、東京ゴルフ倶楽部50年史や同75年史、 小金井カントリー倶楽部30年史、小樽カントリー倶楽部50年史等の史実を裏付ける貴重な史料を残した偉大な先輩である。
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