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更新日(2011/10/03) 連盟事業のプログラムに従ってまず、昭和10年3月に加盟校も含む9校から27人が出場したインビテーショントーナメントが開かれた。 会場は駒澤パブリックコースだった。 7月には七大学(慶應、明治、早稲田、法政、学習院、帝大、立教)による対抗戦を駒澤パブリックコースで行った。 英米のチャンピオンシップスポーツは、大学間の対抗戦(対校戦)に始まっている。 わが国でも明治維新後に導入された西洋スポーツは、まず慶應、早稲田、旧制一高、東京高師(筑波大の前身)などの間での母校の名誉をかけた対抗戦でスタート、 それがやがて六大学野球リーグ戦などの連盟組織での行事に発展してきた。 このような歴史を背景に、学生ゴルフでも対抗戦は個人競技よりも重要視されたイベントだった。 第1回の七大学対抗戦には学習院、帝大、立教も加わって、1校から12人のプレーヤーが出場し、ダブルス3試合、シングルス6試合(各18ホールマッチ)で争う勝ち抜きトーナメントで争った。 その結果、創部13年目のしにせ慶應が貫録を見せ、1回戦で早稲田に9−0、準決勝では学習院に8−1で快勝、決勝では慶應に次ぐ古手の明治を6−3で破り、優勝額の第一行目に名を刻む栄に浴した。 個人の学生チャンピオンを決める第1回関東学生ゴルフ選手権は、七大学対抗に続いて昭和10年9月に霞ケ関カンツリー倶楽部(東コース)で開かれた。 慶應6人、明治3人、早稲田、高千穂高商、帝大、旧制浦和高、法政、学習院各1人という厳選されたメンバーに加え、関東以外の地域の学生は”招待扱い”で出場した。 決勝は木場貞輝(学習院)と古川恒平(関学)の間で争われ、木場が7アンド5で優勝したが、招待選手である古川の決勝進出は、関東勢にとっては予想外のことだったかもしれない。 しかし、これによって、関西勢の力が相当なものであることがわかったのは、ひとつの収穫だったといえる。
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