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ハロー先輩〜黒須 一雄さん〜 番組名:ハロー先輩

更新日(2012/04/09)

かつて学生ゴルフ連盟の委員、連盟員として、学生ゴルフの普及に東奔西走した先輩諸侯を訪ねるコーナーです。このコーナーは社会人としてのジャンルを問わず、各階で活躍中の学生ゴルフ界の先輩に登場してもらいます。

今年監督暦11年目を迎えた黒須一雄さんに、KSGA編集子がインタビューを試みた。信金勤務のサラリーマン生活を経て、現役時代のゴルフ部経験を生かし、母校、中央大学ゴルフ部の監督として若者と向き合ってきたこの道10年で感じたものは…。

〜中央大学の監督に就任して10年を経たとのこと。黒須さんご自身が、これまでに指導面で心がけてきたことは…?
(黒須) 私が監督に就任した平成11年度のスタートは、我が部にスポーツ推薦入試は導入され3年目で、一般部員が上級生、推薦部員が下級生にいてゴルフにも実力差fがあり、チームとしては機能せず、部内の融和に苦労しました。前年に本多総監督が退任され、実質の指導者としてその年の秋から一級先輩の金井毅さんがコーチを引き受けてくれて、ここまで二人三脚でやってきました。お互いに現役時代は主務として裏方でしたが、性格も正反対でお互いに補完し合って学生の指導に当たりました。金井さんは本多総監督からの信頼も厚く、学生を統率するには頼りになる先輩でした。私は監督の責務として事務方やOB学生のサポートに当たりました。我が校のスポーツ推薦制度は入学後の特別待遇はなく、一般学生と同じ授業に出て、確実に単位を通らなければなりません。ですから一般部員にも推薦部員にも、ゴルフは《うまいやつ》が偉いわけではない、と常に主張してきました。スポーツ推薦に応募してきた本人と親御さんにも、その点をよく理解していただいた上で、推薦の申請する、ということをモットーに取り組んできました。
現在では推薦部員を追い抜いて、レギュラーになる部員もちらほら出て「フォアザチーム」の精神で結束を固めております。 日常生活では自動車運転と食生活、練習環境の充実を心掛け、現在も課題として取り組んでおります。ゴルフ部ではゴルフ場までの交通手段として、初心者ドライバーを抱えており、学生の中にも交通安全係りを決めて、常に自動車運転には注意を喚起しております。また最近の気掛かりは遠方から出てきた学生たちの食生活です。実家から通う部員もおりますが、東京での始めての自由な一人暮らしは、入学後の数ヶ月が本当に重要だと考えております。

〜黒須さんの学生時代について伺います
(黒須) 私は文学部を昭和58(1983)年に卒業しました。入学は昭和54年です。実父が永年、中大バスケット部の監督であったことから、入学後、運動部への強い憧れもあり、初心者でありながらゴルフ部への入部を決意しました。在学中は当時、復帰されたばかりの丸尾(本多)監督に仕え、もっぱら主務の任務に汗を流しました。それでもリーグ戦では、2年生(昭和55年)春にCブロックの7位でしたからチームとして夢のように階段を上ったのです。私自身も3年生春からレギュラーとして出場しましたが、一級上の先輩に主力が多く、4年生(昭和57年)の春には、立教大との3回目の入替戦に敗れ、Aブロックへの復帰は果たせませんでした。しかし監督としては、3年前の平成18年春Bブロックの優勝でAブロックに24年ぶりの復帰を果たしました。
私の現役時代では、3年生の入替戦(新千葉)で立教大に勝ったことが一番印象に残っています。入替戦は平成10年に廃止となりましたが、私にとっては昭和56年春、秋、57年春に3回続けて立教大と入替戦で死闘を繰り広げたのが、私のゴルフ部における強い思い出です。当時の丸尾(本多)監督はじめ、一緒に戦った皆に感謝の念は忘れていません。

中央大学ゴルフ部の歴史
中央大学ゴルフ部が大学の体育連盟に加入できたのは、昭和35(1960)年でしたので、来年は、創部50周年、同時に中央大学創立125周年を迎えます。昭和34年には創始されたばかりのゴルフ部は関東大学対抗戦に出場して慶應義塾、早稲田、学習院、明治、上智の各大学と方を並べる活躍をしています。部創世記の主力は平山誠一、丸尾(本多)隆将(昭和35年卒)、古河秀策(昭和38年卒)といった諸先輩で、今日を夢見て汗を流してこられたようです。そこから育った強豪は八木正孝(昭和41年卒)、松岡好春(昭和44年卒)の諸氏です。八木さんは相模CCの専属プロだった八木庄蔵さんのご子息です。
昭和38年の中日杯で2位タイ、同年の関東学生ではメダリストになり、ランナーアップという好成績を残し、翌39年も 予選3位タイ、マッチプレーは準決勝に進出しています。
松岡さんは昭和43年、関東学生選手権の予選4位タイでマッチプレーに進出しましたが、やはりランナーアップでした。この頃から、学生ゴルフ界は、法政に次いで日大勢が力をつけ黄金時代を迎えます。プロになったのは的場宏(昭和33年卒)、八木正孝、貝畑洋の三氏でしたが、昨年のPGAプロテストにおいて川原優介(平成17年卒)が合格しました。

〜監督として学生の競技に対するご意見は?
(黒須) 加盟各校間で、建設的な意見の交換を図るよう心掛けています。大学のゴルフは《ゴルフ大学》であってはならない。《大学ゴルフ》であるべきです。そこで各校との監督さんとは努めて意見交換を図ることにしています。今、気掛かりなのは、応援制限のことで、対抗戦は母校の名誉をかけて戦いますよね。だが現状のマッチプレーでは応援の学生はコースに入れない。危険がつきまとうかも知れないが、そばで応援しなければ意味がない。出場する学生も一打、一打に精魂傾けているし、近くに応援者の顔があれば張り合いの度合いも違う。 母校の名誉を担って出場するプレーヤーのキャディをやるのもいいのではないかと思います。以前はそういう制度があったが、これが本当の姿でしょう。しかしいろいろと問題が起きて、現在の学生は応援もできない状態です。フェアプレーの精神を養い、問題が起きないように質の向上を目指すのも重要課題でしょう。学生ゴルフの団体戦という神聖な場は、プレーヤーとしてもギャラリーとしても貴重な体験となり得るからです。
中央大学の学生にいつも求めているのは、各校との競技、ゴルフ界の重鎮との交流を通してプラスアルファーの知識を身につけなさい、ということです。ルールでもいい。英会話でもいい。ゴルフの作法でもいい。ゴルフ技術にプラス何か一つ身につければやがて訳に立つ。技術の向上以上に強調しているのはこの点です。また連盟加盟校に伝統倶楽部でのプレーの機会を作ってやり、日本のゴルフの伝統とは…を少しでも学んでもらいたいと考えています。

〜色々とありがとうございました。今期の中央大学の活躍を期待しています。

≪写真・11年の監督生活を振り返って語る黒須さん≫