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ハロー先輩〜窪田 茂さん〜 番組名:ハロー先輩

更新日(2012/01/24)

かつて学生ゴルフ連盟の委員、連盟員として、学生ゴルフの普及に東奔西走した先輩諸侯を訪ねるコーナーです。このコーナーは社会人としてのジャンルを問わず、各階で活躍中の学生ゴルフ界の先輩に登場してもらいます。

プロ生活で得た幾多の教訓を伝えたい
日大時代の窪田さんは竹田監督(昭夫氏=故人)のスパルタ練習に耐えた。日大の猛烈練習は有名だ。竹田さんの鬼監督ぶりはいまも語り草だ。 『高校時代(習志野高校)からゴルフをやっていたし、競技にも出ていたので猛練習は苦にならなかった』と窪田さんはいうが、高校時代、関東、全日本の選手権に出た経験が生き、大学時代は早くからレギュラーの座を占めた。日大時代は関東学生選手権を始め、大学対抗戦、リーグ戦など幾多の競技に出場した。その時代のゴルフ部は西田升平、山田健一、倉本昌弘といった学生界のエース級がそろい、黄金期を迎えていた。

 大学を出てプロを目指し、滋賀県にいる近江CCに入った。ここでプロテスト(麻生飯塚)に合格したのは昭和50年だった。プロ入りして関西オープン、同プロ、日本プロ選手権などに出場してトーナメントプロに徹した。そして競技生活の一番の思い出は、と問いかけると『日本オープン選手権(日野GC)の一幕です。このとき味わった苦痛はいまも忘れられない』と辛苦を舐めさせられた一幕をこう語る。

 窪田さんはプロ5年目、プロ生活も慣れて好調なゴルフが続く時分だった。
 この年(昭和54年)の日本オープン選手権には151人の精鋭が参加して競った。窪田さんは快調に第1ラウンドを70で回りトップに躍り出た。狙い通り絶好な滑り出しだった。2ラウンド目はさらに調子を上げて69。上野忠美(広島)と首位を分け合った。3日目は71。通算―4で勇躍単独トップ。いよいよ初優勝の期待がかかる絶好の位置に立った。最終日の11月4日の15番まで首位の座を守った。残りあと3ホール。勝利は目前だったが、突如として快調なペースは乱された。テレビの実況中継のため、待ち時間の調整を余儀なくされたのが躓きの始まりだった。16番のティで数分間、待機した。このインターバルが窪田さんのゴルフにタイミングを狂わせた。思いもよらぬ失敗が続き、パーを取れない状況に陥った。この結果69ホールにわたって守り続けた首位の座から転げ落ちた。最終ラウンドは79を叩く大波乱。優勝者から4打離された13位タイ。天国と地獄を同時に味わった無残な敗北だった。窪田さんは『あの一幕が私のプロ生活のキーポイントだった』といまでも悔やむ。『あの時、なぜ、心理的な面をコントロールできなかったのだろうか』といまも自問自答しながら『メンタルな面の克服ができなかったことは自分の経験のなさだろうか』、といまも勝利の女神に問いかけている。

 数年前から細川力さん(中央学院大学前監督)の要請で技術指導に当たっている。中央学院大学のゴルフ部は1966年の創部。92年に男子はAブロック入り。関東学生選手権では冨山聡君(現在はプロ)が2連覇を達成した。窪田コーチの秘蔵っ子。家庭人の窪田さんは男2人、女1人の父親。長男はプロの写真家、長女は嫁ぎ、次男の新平君は(23)は早稲田大学のゴルフ部で活躍した。目下公認会計士を目指す。この夏、新平君は会員になっている紫CCのクラブ選手権に勝った。『私が体験した技術、心理面のコントロールなどのすべてが中央学院大ゴルフ部における絶好の教材になります』と指導に生き甲斐を見出そうと励む。

≪写真・朝日杯争奪日本学生ゴルフ選手権を観戦する窪田さん=千葉カントリークラブ梅郷コースで≫