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特別イベント展示室 - 福島靖の取材メモ・写真にみる日本のゴルフ史-
 

福島靖の取材メモ・写真にみる日本のゴルフ史

福島靖の取材メモ・写真にみる日本のゴルフ史

<はじめに>
日本に西洋のスポーツ『ゴルフ』が持ち込まれて100年を超えた。
いま、日本国内のゴルフ場数は約2千か所を超え、ゴルフ王国アメリカの1万余に次ぎ、英国や豪州をしのぐ。人口は1千万人といわれた時代があった。ここまで成長した裏には先人たちのゴルフを愛する精神があったからだろう。長年の取材で残ったメモや写真から、ゴルフ振興に取り組んだ人たちの姿を追ってみたい。

コラム集
第1話『明治29年にクラブを振ったのは海軍の軍人さん』

日本にゴルフというスポーツが持ち込まれたのは明治時代のことだが、日本人の手による、日本人のためのゴルフ場といえば1913(大正2)年に創設された東京ゴルフ倶楽部だ。日銀総裁、大蔵大臣を歴任した井上準之助が、アメリカのニューヨーク支店に勤務した時分、ゴルフに熱中した。中年を過ぎたビジネスマンにとってはこの上もないスポーツだ、と絶賛して帰国後、ゴルフ倶楽部創りに奔走し、会員制の東京ゴルフ倶楽部を誕生させた。

その時代、日本にあったゴルフ場は神戸六甲山上にイギリス人が造った神戸ゴルフ倶楽部と長崎にあった雲仙ゴルフ場くらいで、ゴルファーといえばビジネスで海外に出かけた時ごとの余暇にゴルフを覚えたというビジネスマンが多かった。

それ以前のこと、ゴルフをやったという記録はなく、イギリスの海軍大学に留学した水谷叔彦(みずたに・よしひこ)が第一号ゴルファーとみられる。水谷は海軍機関学校を卒業したエンジニアで、明治20年代の初めに英国へ留学して1896(明治29)年1月の日誌に『Golfingをなす』というたった1行の記録が残されている。しかし水谷は海軍の軍人という立場上、ゴルフを継続した記録はない。退役後、北海道の室蘭製鉄所の役員に就任してゴルフを楽しんでいる。室蘭にある、イタンキのゴルフ場で水谷が設計の助言をなしたと伝えられている。

写真:昭和初期、東京ゴルフ倶楽部のコースでプレーを楽しむ水谷叔彦=右端

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