| (67)鬼をもしのぐマーカット少将 |
番組名:取材メモ・写真に見る日本のゴルフ史 |
更新日(2022/05/03)

1945(昭和20)年8月、日本は太平洋戦争に敗れ、連合国軍が日本に駐留した。連合国軍の総司令官マッカーサー元帥が空路、厚木の飛行場に舞い降りた。その部下GHQの経済科学局長だったW・F・マーカット少将の名をご記憶だろうか。マーカット少将は連合国軍が日本に駐留している間、財閥の解体や独占禁止法、民主的労働法など、日本の民主化のために推進してきた中心人物だった。
「鬼をもしのぐ」と言われたのは1947(昭和22)年のこと。官公労のゼネスト(産業別の枠を超えて全国、あるいは同一で行うスト)の中止命令の勧告文を出した折のこと。日本の経済界にとっては怖い存在になった。
だが、その半面、ゴルフや野球を愛するアメリカ型の紳士だった。1951(昭和26)年の秋、夫人同伴で軽井沢ゴルフ倶楽部をプレーしてゴルフを楽しんでいる。しかし、職務上、のんびりできなかったとみえ、プレーが終わると『素晴らしいコースだ』とひと事言い残して引き上げた。
好きな野球では凝った一面を見せた。プロ野球の第一回日本シリーズではサンフランシスコ・シールスのオドール監督、大リーグの大打者ジョー・ディマジオとともに始球式に登場して滑稽な仕草で満場を沸かせた。この時、マーカット少将は捕手役を務めた。ゴルフは軍人になる以前、シアトルの新聞社時代に自動車の担当記者をしている時に覚えたそうだ。
上司のマッカーサー元帥はオリンピック米チームの団長を務めたことがある。当時のGHQには、スポーツマンが揃っていた。
《写真・軽井沢でゴルフを楽しむマーカット少将夫妻》
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